2011年3月



2011年3月31日(木)         はこべちゃん、今までありがとう
 
はこべ
爬虫類を飼い始めてまだ3年くらいなのだが、最近ようやくわかったことのひとつに、子供から大人になるまで育てるのは、相当大変なのだということ。
2年前に日本ヤモリのやもたんを亡くし、その後マツカサヤモリのなずなを亡くし、数ヶ月前にアンダーウッディのきなこを亡くした。そして今日。昨年末に我が家の一員となったトリオニービロードヤモリのはこべちゃんが、私の手の中で息を引き取った。まだ赤ちゃんだった。

はこべはとても素早くて、捕まえるのに難儀するくらい元気で、餌も良く食べよく動き、飼い主に何の心配もさせないくらいだったのですが、3日前に頭頂部に血腫のようなものができてから調子が悪くなり、獣医さんに連れて行っても、はこべがあまりにも小さいので体力的に無理かも、と言われていました。
それから見る見るうちに調子がわるくなり…。
以前から疑問に思っていたことのひとつに、なぜ爬虫類は赤ちゃんは安く成体は高めなのだろうかというのがあったのだが、こうして立て続けに愛するヤモリたちを亡くしてよくわかった。大人になるまでには自然淘汰で死んでいくものも多く、残った生体は、比較的丈夫だし運もいいし…なんだろうな、きっと。
もちろん私なんかよりも育てるのが上手な人がブリードすれば、もっと高い確率で大人になるのだろう。
今回はこべを亡くして、家の中で思い切り声をあげて泣き続けたけれど、最後まであの穏やかな目と口元を私に見せてくれたはこべちゃんに、悲しむだけじゃなくて、お礼を言いたい。
短い間だったけど、ありがとうね、はこべちゃん。
一緒に暮らせて、私はとても幸せだったよ。

2011年3月28日(月)          もうそろそろ4月なんですねえ

あずき 
 いまだに冬のコートを着て通勤しているのですが、桜はもう咲き始めているようです。今年はなぜに寒さが続くのでしょうか。いつまでもコートをクリーニングに出せなくて困る。
仕事のほうはあまり変化がないのですが、また一人仲の良かった同僚(別部署だけど)が退職することになりました。ああ、どんどん減っていく・・・なんだかわたしゃ取り残されたかのように、同じ場所にいるなあ。でも仕事が割合好きなんで、どこへも行く気はないんですが、春はやっぱりお別れの季節、物悲しいもんです。
といっても、家に帰ってやもりたちのかわいらしい様子を見ると、疲れも吹っ飛んでしまうのですが。
さて、今日もあずきちゃんにコオロギ食べさせますか。もうすっかり気分はお母さん。

2011年3月26日(土)           原発報道がめっきり減った
 
みったん
 地震や原発に関する報道が、めっきり少なくなりましたね。テレビは普通の状態に戻り、震災前の状態に戻った気がします。
自粛しろとか言う気はまったくないんですが、大事なことは必ず報道しなければいけないと思うんですよ。ニュース速報のような状態でもいいので、内閣官房からのお知らせや、被災地の状態などは、たびたび知らせてほしいもんです。
いまだ被災地では仮設住宅の建設も遅れており、避難民全員が仮設住宅に入居できるのは、9月頃になるというではないですか。今から半年後ですよ!もういい加減にしてくれという長さでしょう。
皆が一日も早く普通に近い生活を送ることができるように、関係者の方は頑張っていただいて、私たち何もできない人間は寄付などの形で、援助していければと思います。

 2011年3月24日(木)         被曝
 
みったん
 寒さがなかなかやわらがないですね。もうすぐ4月だというのに、まだ冬の格好してますよ。
ところで、ついに出ましたね。現場作業員の大きな被曝。足が汚染された水に触れてしまったそうですが、できるだけ軽症ですみますように。
目に見えないものだけに、自分がどの程度被害を受けているのかがわかりづらく、それだけに恐怖心ばかりが大きくなってしまう。でもやはり、みんなの不安を大きくしてしまったのは、東京電力の手際の悪さと危機管理のレベルの低さ、納得のいく説明が行われないなどの行動では。不信感いっぱいになっても無理ないでしょ、あの頼りない会見。
現場の人たちは、今でも被曝し続けながら、作業を続けてくださってます。本当に感謝です。
下請けばかりにやらせるんじゃなくて、東電の偉い人たちも手伝いに行けば、多少みんなの見る目も変わると思いますが…無理でしょうね。ともかく早く解決されることを祈ります。

 2011年3月22日(火)          AC
 
やもりん
 震災の影響で、ACのCMがやたらと流れている。特に目立つのが「ぽぽぽぽーん♪」ってやつで、あれは癖になるねwぽぽぽぽーんってのがまた意味不明でよろしい。
何度も繰り返し見てれば、飽きが来るのは当然なので、もっといろんなACのCMを見せてくれるといいのにな。ACのCMって「キッチンマザー」や「崩れ落ちる砂人形」など怖いものも多いけど、それだけに優れた作品が多いなあと、個人的には思っておりますので、この機会に過去の名作をどんどん流してほしい。

ACのCMも怖いのが多いけど、私が一番怖いと思っているのは、NHKの一日の放送の終了時に、青空に日の丸がはためき、君が代がバックに流れるという画像。これ、今でもやってるのかな?あれを見ると、なんだか自分がこの世で一人きりになってしまったような、たまらない心細さが襲ってきたもんです。もう何十年も見てないけど、今見てもきっと怖い。たぶん。

2011年3月19日(土)           震災から1週間
 
はこべ
 職場から延々歩いて帰ってきてから、早いものでもう1週間がたとうとしている。普段どおりに起きて、普段どおりに仕事に行って、という毎日が平穏に送れることを、ありがたく思う。
それにしても、スーパーでの物資の買いだめの様子はすごい。仕事が終わってからでないと、買い物にいけないわけだが、カップめんなんかの保存食は洗い流したように棚に何もない。
そんなこんなで、あっという間の1週間だったのだが、被災地の人たちにとっては、長い長い1週間だったのだろうなあ。
早く物資や石油が被災地に届いて、避難している人たちの状況が、少しでもよくなってくれるといいですね。
物流も少しずつ動き始めているみたいで、このまま順調に改善していってほしいものです。

2011年3月15日(火)           自転車
 
あずき
 電車があまりにも混むし、計画停電の予想がつかないので、今日は自転車で職場まで行く予定だったんだが…。
なんと、自転車に乗れなくなっていた!なぜだ、自転車と水泳は、ブランクがあっても、絶対に技術を忘れないんじゃなかったのか!?
正確に言うと、乗れることは乗れる。でも、まっすぐに進めない。右へ行ったり左へ行ったり、危なくて仕方ない。このままでは人を轢いてしまう。ということで、いつもよりも混んでいる電車に乗り換えて普通に出勤した。
運動音痴なのはわかってたけど、ここまでひどいとさすがに凹む。天は二物どころか一物も与えてくれないこともあるのだなあと、自分の運動神経のなさを嘆いたところで乗れるようにはならない。
今度休みの日に、こっそり練習だ。小学生以来だな、自転車の練習。

 2011年3月14日(月)          平凡な毎日
 今日は普通に出勤したのですが、帰る頃になって計画停電するだのしないだので、また帰れなくなっても困るので、早めに仕事を上がらせてもらった。明日はそういう心配のないように、チャリで出勤しよう。雨じゃなければ。
相変わらずスーパーの棚は洗ったように何も残っておらず。ヤモリたちのコオロギを手に、家に帰る。
ヤモリたちに話しかけながらコオロギや水を与えて、いつか東京から避難しなければならない時が来るのだろうかと、常に心の片隅で思っている。
毎日毎日判で押したように同じ毎日の繰り返し、そこにこういう巨大なアクシデントが加わると、今までの平凡な生活が、いかに貴重だったのか痛感する。津波でさらわれてしまった人たちだって、その日の朝は普通に迎えていたはずだ。平凡な朝だったはずだ。
明日の朝は迎えられるのか。明日にならなければわからないが、明日は来ないかもしれないのだ。

 2011年3月12日(土)          東日本大震災→東北関東大震災
 最初の揺れが来たとき、私は職場にいました。電車や交通機関がすべて麻痺して、職場の身近な人たちの中で、家まで徒歩で帰れるのは私だけ。3時間ばかり、歩いて帰りました。
身内はみな近くに住んでおり、とりあえずは無事でした。
テレビで上空から撮られた津波の映像を見ました。生まれてこの方、一番恐ろしいものを見たと思いました。あっという間に家や車が流されて、この瞬間に何人の人がさらわれていったのだろう。

私は仙台に知人が2人(正確には2家族)います。年賀状だけのやりとりだけど、もう20年近く続いている。彼らがどうなったのか。私は仙台の地理はわからないので、彼ら彼女らがどのあたりに住んでいるのか、皆目見当がつきません。あの津波の下にいたとしたら、とか、ろくでもないことを考えてしまう。
メアドを知っているほどの知り合いでもないのですが、やはり心配です。安否がわかるのは、もっと時間がたってからなのでしょう。ちゃんと避難できて、無事でいてくれることを祈ります。
彼らだけではなく、現地の人が一人でも多く助かってほしいです。福島の原発も爆発したようだけど、そのことによっての被害も、最小限にすみますように。
ともかく、一人でも多く無事で助かりますように。

 2011年3月8日(火)          子供のうちならいいけどさ・・・
 
りざこ・りざぞう
 「てじな〜にゃ!」の山下兄弟が本格的にマジック活動を始めるそーです。いつの間にか、高校生になっていたんですね。
しかしですね、順調に成長していれば高校生くらいの男の子ってのは、人生でもっとも変化が激しいときで、日に日に野郎化していくわけです。その状態で「てじな〜にゃ」って言われてもなあ。この2人のマジックって、昭和の香り漂うものが多かったようですが、そろそろ平成のマジックくらいにはなったのかな。
この子達といい、まえだまえだといい、子供がこましゃくれてテレビに出ていたりするのが、どうも私は苦手だ。見ていること自体が苦痛。越後獅子のような感じに見えてしまうんだよなあ。
いつまでも子供ではないので、本格的なマジックを勉強しなくてはいけないですね。がんばってください。私はみないけど。

 2011年3月6日(日)          赤ちゃんみたい
 
今日はヒナタヨロイトカゲのりざこちゃんの服薬の様子をアップしてみました。
りざこちゃんは寒くなると急に後ろ足の動きが鈍くなってしまうことがあって、
そのためのお薬を飲んでいます。
今までは無理に口に流し込んでいたのですが、最近は自分から飲んでくれる♪
その様子が飼い主からするともう可愛くて可愛くてですね…。
以前はすごく警戒心が強かったのですが、こんな様子を見るとまるで赤ちゃんみたい。
色々と手はかかるけど、その分余計に可愛いのです。

2011年3月5日(土)           また寒くなりましたね
 
りざこ・りざぞう
 ようやく暖かくなってきつつあると感じてましたが、時々ぐっと寒くなる。春はまだ遠いのだなあ。
話は変わって、先日テレビで大友コーヘイが人間ドックに入った話をしていたんだけど、その途中で「ハウンドドッグでも人間ドッグにはいるんですよ」を何回か言っていた。
人間ドックを人間ドッグと間違えてる人って、結構いるのかな。船のドック自体を知らない人って多そうだし、私も子供のころは人間ドッグだと思ってたし、深く意味を考えないから「それじゃ意味が通らん」とも思わなかった気がするな。
勤め先で毎年健康診断をうけるのだけど、人間ドックにはいまだ行った事なし。なんでも本格的な人間ドックって、1週間くらい入院して、「こんなつらい検査をするのなら、病気になったほうがましだ」と思わせるような検査もするらしい。怖いなあ。びびりの私には、到底無理。

2011年3月2日(水)           入試問題
 
あずき
 京大の入試問題をヤフー知恵遅れに投稿した人が話題になっていますが、もう人物がほぼ特定されたようですね。
だからネットというのは一見匿名だけど、調べればちゃんと特定できるのであって、その点を理解していなかったということだけでもちょっと読みが甘すぎるような気がします。
間違いなく不合格、もしかしたら高校の卒業も危ういという大事になってしまって、今頃心臓が破裂しそうになっているのではないでしょうか。
でもうまくやればばれずに遠隔操作で外の人間に解答を出してもらうことなど簡単にできるそうなんです。私はメカに弱いからわからんけど、ラジオ会館辺りに行けば、なんとなくわかるのかな。
もう受験の心配もない年齢になりましたが、あの試験を受けるときの独特の緊張感。懐かしいです。もうやりたくないけど。

 

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