2006/8月
2006/8/29(火) 新しい温泉施設 | |
![]() 旅先で見つけたたこのストラップ |
知らない間に大田区の蒲田に新しい温泉施設が出来ていた。「SPA&HOTEL 和(なごみ)」 蒲田の駅からもそれなりに近く、便も悪くはない。施設も新しいだけに、きれいそうだ。 しかしなー、やっぱり料金が高いな、私には。なにせ蒲田は黒湯の銭湯があちこちにあり、殆ど430円で入れる。 ここは掛流しを売りにしているようだが、普段から黒湯の銭湯を利用しなれている近辺の人たちは行かないだろうな。もっとも施設のほうも、そういう人たちをターゲットにはしていないだろう。 私も大田区の黒湯は好きで、時々わざわざ出かけていくのだが、貧乏人なのでこの値段では入らないw 430円で入れる銭湯に行くだろう。近頃は特に昔ながらの鄙びた建物の銭湯が気に入っているので。理想は女塚かな。蒲田温泉みたいに、風呂上りに皆が宴会やっているのも、田舎っぽくていいな。 最近はどんどん銭湯が減ってきてしまっているので、なんとか生き残ってもらいたい。新しい温泉施設が出来るのは悪いことではないが、もともとあった地元の銭湯を圧迫することにならないかと心配である。 |
2006/8/28(月) 言葉の才能 | |
![]() ベランダから見る夕暮れ |
自然発生したり、もとからあったのではなく、「ある人物」の造語というものが、一般的になって普通に話されるようになっている。 たとえば、「反面教師」。これは毛沢東の造語だそうだが、この言葉と意味を知った時は感動した。「ああいうふうにならないようにしよう、と人に思わせる云々・・・」なんてたらたら言わずとも、この一言で用が足りてしまう。しかも漢字の意味もぴったりなので、日本人にも覚えやすい。アルファベット圏には、これにあたる言葉はあるのだろうか。 それから、「想像力」。これはサルトルの造語。素晴らしい。私は哲学には造詣が深くないので、実存主義の人ということしか知らないが、これも秀逸な言葉だと思う。これは当然ながらもとはフランス語だったのだろうが、和訳されて輸入されたのだろう。 こんな有名人でなくても、実に気の利いた造語を作る人というのは沢山いる。私が子供の頃は、「むかつく」という言葉はなかった。「むっとする」「むかっとする」と言っていたものだが、いつの間にか「むかつく」で定着している。きっと誰かが言い出したのだろうが、いらいらむかむかする感じがとてもよく出ていて、見事だと思う。 新しいものを作り出すというのは才能のなせる業で、いくら努力しても普通の人が出来るようにはならない。私は残念ながらそういう才能に恵まれなかった。で、今日もコツコツと普通に勤労しているが、普通が一番と思っているので、本当はそれほど残念でもない。でもやはり色々な才能のある人はうらやましいものだ。 |
2006/8/27(日) 光月湯、最後の日 |
本日で台東区の「光月湯」が営業を終了した。そんなにしょっちゅう行っているわけではなかったが、浅草やかっぱ橋に行くたびに、ちょくちょく寄らせていただいていた銭湯だ。最初は鉱泉だからということで行ってみたのだが、昔ながらの私好みの銭湯だったので、かなり気に入っていた。 時代の流れで、これもしかたのないことなのだろう。でも、自分の好きだった銭湯がなくなるというのは寂しい。本当に寂しい。 女将さんもご主人も優しい人で、最後の日にきちんと自分なりに挨拶できたのは、幸いだった。お疲れ様。今後はゆっくりなさってくださいね。 最後の日のレポートをアップしましたので、興味のある方はご覧下さい。 |
2006/8/26(土) プラセンタ=胎盤 |
献血をしてはいけない人、という中に、新たに「プラセンタを打ったことのある人」というのが加わったらしい。プラセンタとは化粧品や美容業界でよく聞く単語で、正体は胎盤である。このエキスが肌の老化の防止などに役立つということで、美容整形などでは一般的らしい。皮下(?)かどこかにそれを注射してみずみずしいお肌を保つそうで。 胎盤っていうのは血管が沢山集まっているもので、味もレバに似ているらしい。動物などは産後、自分の胎盤を食べるが、日本でも産後の肥立ちをよくするということでお産の終わった女性に胎盤料理を食べさせる地方もあるようだ。 胎盤に本当に肌を若く保つ効果などあるのだろうか?栄養素としてはそれなりにあるのだろうが、肌にエキスを注射して若返りというのは、胎盤の持つイメージに過ぎないのではないだろうか。 胎児を栄養するという役割を与えられている胎盤は、とても神秘的なものにうつる。なにしろ胎盤がなければ、胎児は育たないのだし、新しい命を生み出すという点で、そのようにうつるのだろう。しかも出来立ての人間という究極の若さを栄養するのだから、プラスイメージの塊だ。大体、胎盤のエキスって、何が入っているんだろう。胎盤を原材料にした薬品もあるが、それと同じような成分なんだろうか。 そして、プラセンタを打ったことのある人は、献血が出来なくなった。BSEの感染のことを考えて、予防的な意味で不可能になったのだ。これはどういうことなのかを考えてみると、かなり恐ろしい。プラセンタを打ったことのある人は、BSEを発症する可能性がある、と国が判断したということだ。 プラセンタを打ったことのある人は、日本でどのくらいいるのだろうか。芸能人は「定期的に注射している」と発言してはばからない人もいたし、一般人でもかなりの人数にのぼるだろう。しかもあれは一度の注射ではすまなくて、半年毎くらいに繰り返し打たなければならなかったはず(吸収されてしまうから)。打つ回数が多くなればなるほど、リスクも高まっていくだろう。 BSEの恐ろしさは、かかったら絶対に治せないというだけではなく、感染経路がいまだ不明なことだ。プリオンは原因ではなく、結果だという説もあるらしい。食べ物に関してはいまのところは牛の脳やら脊髄やらが危ないといわれているが、他にも色々とあるということだ。私達の生活に、いつの間にか溶け込んでいるかもしれない、BSEの原因。油断ならない世の中になってきたな、としみじみ感じる。 |
2006/8/23(水) ハンカチ王子って・・・ |
スポーツにあまり関心がないので、高校野球があそこまで盛り上がっていたというのも知らんかった。早稲田実業が選抜初優勝というのも知らなかったし、ましてやハンカチ王子なる人の登場なんて!なんだよー、ハンカチ王子って。青森の監禁王子を思い出しちゃうじゃないか。 「あのハンカチはどこのブランド?」という問い合わせが多いというのもびっくり。なんでそんなにたかがハンカチに固執するんだろう?よくわからん。 ワールドベースボールクラシックの優勝などもあり、再び野球が注目を浴びるようになるんだろうか。 **8月24日追記** ハンカチ王子の持っていたハンカチメーカーの株が、一瞬だがとても上がったそうだ。すげーなー、もう製造中止になっているっちゅうに、株価に影響を与えられるというのがすごい。 メーカーはこの機会に、枚数限定で生産すればいい。だらだら作っちゃ駄目だよ、すばやく枚数限定。売れ残らないですむくらいの数で。 |
2006/8/18(金) 葱サラダ | |
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とあるサイトに載っていたのだが、この葱サラダがことのほか気に入っている。簡単だし、とても美味しい。お酒のつまみにもいいかも。 葉葱(万能葱など)を2cmくらいの幅に切り、塩とごま油と七味唐辛子を適量ふりかけ、スプーンでよく混ぜて馴染ませ、少し時間がたったら出来上がり。 こんな簡単なのに、本当に美味しい!もう1品欲しいなという時に、ぴったりだ。 最近は葉葱を見かけると買ってきて、しょっちゅう作っている。このように長く切らないで、普通に小口切りにして作ると、冷奴などの薬味にもあう。 葱が余ったら、お試しあれ。 |
2006/8/17(木) 美容整形 |
私は必ずしも美容整形が悪いものだとは思っていないのだが、先日テレビで放送していた「8歳の子供に美容整形を受けさせる親」には、正直言って吐き気がした。これ、虐待だろ?医者も医者だ、まだ十分な判断力のない8歳の子供の顔を親の願望どおりにいじることに、倫理的なまずさを感じなかったのか。 この家族は両親と子供2人(姉、弟)で、手術を受けさせられたのは、弟のほう。子供達はどちらも母親そっくりなのだが、別にどこかを治さなければならないようなご面相ではない。 この母親いわく、「私が一重まぶたでコンプレックスが強かったので、せめて子供には・・・」だと。自分が習い事が出来なかったから、せめて子供には・・・というのは普通だが、この場合は普通ではない。そのくせこの母親、自分の顔はいじっていないのだ。まずは自分で試したらどうだ。 手術を受ける子供は全く乗り気ではなく、表情からして嫌がっているのがわかる。その子供に「かっこよくなれば人気者になれるよ」と説得し、無理やり手術を受けさせる。手術終了後、鏡を見せられた子供は、全く口をきくことなく去っていったようだ。その後の取材で担当医に「先生、目をかっこよくしてくれて、どうもありがとう」なんて言っていたが、言わされたのは明らかだ。 しかもテレビの取材まで受けてしまっているから、学校にも近所にもばればれ。きっとこの子供は、後々からかわれるだろう。面と向かって言われなくても、陰で言われることは間違いない。 しかし、赤の他人にここまで怒りを覚えたのは久しぶりだ。この親は、子供を持つ資格がない。自分の身内なら、間違いなく殴っているところだ。 成長期の子供に整形なんて、いいわけないだろう。歯列矯正とは違うのだ。しかも本人の意思ではなく、親の意思「のみ」で、全く異常のないところにメスを入れられるなんて。子供が「整形したい」と言っても、大人になるまで待つよう説得するのが親ではないのか。それを親が子供に「強制」するとは。あきれ果ててものも言えない。 この少年の姉も一重まぶたで、「私も整形したいなー」なんて言っていたが、それなら何故姉に手術を受けさせなかったのか(それもいいとは思えないが)。きっと私は、この親はまず弟でテストして、それから姉に手術を、という気でいたのではないかと思う。そうでなければ、嫌がる少年に手術を受けさせる必然性がわからない。それからテレビの取材を受けたのは、きっとお金の問題だろう。テレビが手術代金の半額くらいは出すと言ったのではないか。全国ネットで自分たちの恥をさらすのと、わずかな金とで、この親は金を選んだのではないだろうか。これらはあくまでも私の想像だが、そのくらいのことはやりかねないね。嫌がる子供に、無理やり整形するような親だもの。 自分の容姿にコンプレックスが強すぎて、失敗などを全て自分の容姿のせい、と思い込むような人は、はっきりいって心の病だろう。そういう人には、解決策のひとつとして、美容整形もありだと思う。それは自分で決めることであって、他人に強制されるものではない。ましてや、ろくな判断力もなく、自分の親は間違ったことを言わないと信じているような年齢の子供に強制など、とんでもない話だ。親として子供に教える大切なこととは何か。この親は「見た目がなによりも大切」と教えたわけだが、それは正しいのだろうか。目に見えるものだけの価値しか教えられないような状態で、よく子供などもてたものだ。 美容整形を受ける人というのは、見てくれに一番の価値観を置いているので、心が伴わなければならない作業は苦手になるだろう。そして、目に見えるものを見えないものよりも優先しそうだ。目に見えないもののなかにも、大切なものは多い。それらを全て後回しにして過ごす人生と優先させる人生とでは、実りはどちらが多いのだろうか。答えは人によって違うだろうが、普遍的な「正しい価値観」というのは、必ずある。それが少数派となる日が、私が生きているうちにくるだろうか。そうなったら、殆どの人が自分の顔をオーダーメイドでつくるようになる可能性があるので、美人や美男子の価値が下がってしまい、また別の価値観が生まれるだろう。そうやって時代は繰り返していくのかもしれない。 |
2006/8/16(水) 石油の値段 |
ガソリンがどんどん値上がりしている。1L140円台なんて、何年ぶりだろうか。100円切ったこともあったのに。 安い頃と比べるから高く感じるが、もともとガソリンの価格というのは、どのくらいが適切なのだろう?原油が一体いくらくらいで取引されているものなのか、別世界のことなのでよくわからんが、従来の安い値段で売ってもオイルダラーたちはあんな生活が出来るわけか。安くても量さばけば、かなりのお金になるからなあ。 でもオイルダラーたちの生活レベルなどを全く考慮に入れないと、ガソリン1L140円台って、それほど高いとは思えない。北海油田やら中東やらの遠い国からえっちらおっちら運んできて、精製してまた運んで、加工して・・・など、ものすごい手間とお金をかけて、我々の元にやってくる。それなのに牛乳よりも安いとは、どういうことなのだろう。 牛乳と石油を比較してしまうのが乱暴かもしれないが、世間知がないので、そのくらいしか比較対照がおもいつかない。私が一番苦手なもののひとつに「数字」があるのだが、本当に市場経済というのは、私にはちんぷんかんぷんな世界。おそらく一生株や有価証券なんかには、縁のない生活を送るんだろうな。こんな乱暴な考え方で、ガソリン高やむなし、と納得してしまう私は、負け組み人生まっしぐらかな。負けても勝っても、人生の最後に「なんだかんだいって、楽しかったな」って思えれば、それでいいけどね。 |
2006/8/15(火) 電車がすいていて嬉しいな |
お盆なので人口が一時的に減っているようだ。電車もすいているし、街もなんとなくだけど、人も車も少なく感じる。商店街もシャッターがおりて、静かだ。 なんとなく、自分の子供の頃のお盆や正月を思い出した。静かなのは、いいねえ。 |
2006/8/13(日) お祭りに行ってきた | |
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本日は近所のお祭り。人ごみは少々苦手ではありますが、天気もいいことだし、行ってみた。 このお祭りは3年に1度の大祭があって、今年はそれではないのだが、一応おみこしは出る。 周辺の一番の大通りを通行止めにして、ビル街の中を掛け声と共に練り歩きます。 これが大祭の大みこしともなると、このあたりは立っているのがやっとというほどの人ごみとなる。 |
あちこち練り歩いて、いよいよ八幡様へ。境内にはいると水掛はなくなるが、熱気は変わらず。 八幡様の階段の高い場所は、一眼レフを手にしたアマチュアカメラマンで占められていましたw 一眼レフだときれいには撮れるだろうけど、水がかかってしまうと大変なので、撮影もヒヤヒヤものかも。 私のようにリーズナブルなカメラだと、結構気楽なんだが。防水だし。 昨日はものすごい雷雨だったのですが、本日はまさに祭り日和という絶好のお天気、 おみこしの担ぎ手も、さぞかし嬉しかったことだろう。よかった、よかった。 |
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境内には露天も出ているし、剣道の奉納試合も行われていた。 くそ暑い炎天下、豆剣士が勢ぞろいして、かわいいったらありゃしない。 私は剣道のルールなどはよくわからんのですが、小さな子供達が一生懸命打ち合う姿は、 かわいく微笑ましく、ド素人の私でも十分楽しんで見ることが出来た。 こうして見ると、お祭りというのも楽しいものだ。しかし、大祭での人ごみは、こんなもんではない。 羽根があれば、空から見ることが出来るんだがなあ。 |
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2006/8/12(土) ブランド物は欲しい、でも安く買いたい、ってか |
楽天の店舗の1つがニセモノのブルガリをとんでもない数売っていたということで、騒然となっている。モノはキーホルダーで、それにチェーンをつけてネックレスのように使用するのが流行っていたそうで。お値段は1つ2万円以上という定価、それをこの店では1万5000円前後で売っていたらしい。6万個も売れたらしいが、原価はどうせ1000円しないだろうから、濡れ手に粟のぼろ儲け。7〜8億は手に入ったということでしょう。どうせ楽天は責任とらないだろう。ニセモノ売った規模としては最大のものとなるらしいし、この店はドンキなどとも取引していたようだから、ネット通販以外にも色々と調べれば出てきそうだ。 その商品のデザインなどが気に入って、その値段で納得して買ったのならば、文句はないはずだ。通販での買い物は実物を見ることが出来ないので、デザインが気に入ったか、ブランドの名前に惹かれて買ったという人が殆どだと思うが、ブルガリという名前がなければ6万個も売れたかどうか。そう考えると、やはり「ブランド物だから欲しかった」のだろう。 不思議だ。ブランド物というのは、高価なものだ。それを安く買おうたあ、どういうこった。そりゃあ安くていいものを買いたいというのは、誰しも同じことだろう。でも物の値段には理由があって、本当にいいものならばそれなりの出費は覚悟しなくてはならない。ブルガリというブランドの質がどれほどのものかは知らないが、いいものならばそれなりの値段がして当たり前。それを安く買おうというのが、よくわからん。 だいたいブランド物が大好きで、自分の給料に見合わないほどのブランド物を買っている人というのは、本当にそのブランドが好きなのだろうか。数年前にプラダが大流行したが、今通勤電車の中でプラダを持っている人を見ることはない。あの人たちは、プラダが好きで買ったのではなかったのか。もう家で埃をかぶっているのだろうか。 おそらくブランド物に執着する人というのは、ブランド物が好きというわけではなく、「こんな高価なものを身につけられる自分」を演出するのが好きなのだろう。勿論そこにあるその人の価値観というのは全て金銭で測られる生活レベルのことであり、人間的な価値というのは含まれない。こういう人というのは目に見えるものを優先して信用しがちであるので、ある意味目に見えない真実を見抜きにくい目をもっている部分があり、だからこそ騙しやすい。ブランド物詐欺が絶えないわけだ。 自分がそのブランドを買えるレベルではないのに無理して買って、そのブランドの値段(あくまでも値段が基準)にふさわしい人間になったと勘違いし、自分の人間性も高まったと勘違いしてしまっている人が多いように思うが、その考えは悪意が過ぎるだろうか。大体日本でも買えるものをわざわざ海外にまで出かけて、日本で買うよりも多少安く買えるというだけの理由でブランド物を買いあさるというのは、金持ちのすることではない。高いものを買える自分を演出したければ、高い金を払ったらどうか。自分が「高級」な人間になるのに(あくまでもその人基準の、金銭面での高級だが)、金銭以外の努力なしでなれるのなら安いはずなのに、その金銭すら出し惜しみするようなら、それは一般庶民ということなのだから、すんなりと自分の身分を受け入れたほうがいい。まず殆どの人間が「一般庶民」なのだから、恥じ入ることなどないはずだ。 実は私もブランド物は嫌いではないし、それなりにこだわりもある。私が気に入っているブランド物は、北区滝野川の「亀の子束子」だ。これは1つ1つ職人さんが手作りしているもので、実に丈夫だし、水はねも少なく使いやすい。そのかわり高くて、安い束子の2倍の値段だ。でも私は気に入っているので、ずっと今後も使い続けるだろう。亀の子束子に限らず日本製のものは耐久性があって好きなので(20年以上前に買った日本製の服をまだ着ている)、私にとってはブランド物だ。そういうものは大概高価だが、仕方ないと思っている。そして実際、よくもってくれているので、結果的には安上がりとなっている。 |
2006/8/11(金) 盆暮れの有明といえば |
本日からコミケが始まったらしい。ニュース画面で画像見てきたけど、相変わらずすごいや。こんな大金が動くイベントを追い出してしまった千葉はアホだと思いつつも、あの修羅場を想像すると、それも仕方ないかなと思ってみたり。大手のサークルに並ぶ列は半端な長さではなく、マジでロシヤを思い出した。コミュニストの素質あるよ、あんたたち。すごい。 ぼろくそ言っていますが、実は私もはるか昔に知人に誘われて一度だけ行ったことがある。まだ晴海の展示場が壊される前で、蒸し風呂のような体育館に早くから並んで、ひたすら待った。暑さのあまり動けなくなってしまう人も居たりして、なかなかスリリングだったな。それから全く行っていなかったのだが、2年ほど前ひょんな偶然からまたコミケ会場に入ることになってしまった(ただ単に車で近くを走っていたら、係員に誘導されてしまっただけ)。 晴海でのコミケとはスケールが違っており、コスプレイヤーも増えて派手になっており、なんつーか全てが「肥大」しているな、と感じたものだ。ざっと見回したくらいでそそくさと帰ってきたが、もっとじっくり観察するべきだったか。なにせ最終日だったし。 そんなことを思い出しながら、コミケ関係の関連リンクを色々と読んでいたら、なんと平均年齢70歳前後のサークルが毎回参加しているというではないですか!その名も「お達者くらぶ」。 勿論その人たちは801同人やロリ・ショタ同人を売っているのではなく、着物のはぎれなどで作ったお財布やテーブルクロスなど、ごくごく普通のものを売っているのだという。しかも出店するのは3日目。コミケ3日目と言えば、ロリ・ショタものやゲーム、企業モノなど、かなりのマニアックな内容となり、濃いことこのうえなし。会場の匂いも、一段と強いとかwそんな中で普通のものを売っているお達者くらぶ、見てみたいなあ。見てみたいとは言ってもな、そこにたどり着くまでの間に、激しい後悔が襲ってきそう。お達者くらぶの皆さんは、会場に集まった自分たち以外のあの集団を見て、どう思っているのか、とても気になる。もっとも気にしているような人たちなら、わざわざコミケというイベントを選んで出店しないか。売れ行きもいいようだし、いつまでもその名の通り元気で頑張って欲しいものです。 |
2006/8/10(木) 怪談と教訓 |
ようやく暑くなってきて、夏を感じている今日この頃。暑いのはあまり好きではないが、こればかりは仕方がない。これだけ日差しが強いと、洗濯物はすぐに乾くので、嫌なことばかりでもない。 さて夏と言えば、怪談。私は怪談が好きだ。所謂怪談だけでなく、怖い話というのが好きだ。古典的な怪談から都市伝説、実際にあった事件、稲川淳二、桜金造、伊集院光etc。大変小心者なので、心霊スポットなどに行くのはごめんだが、そういう話を聞くのは好きなのである。ぞくぞくしながら聞いていて、夜一人になってから思い出して、怖くなったりするんだから、まるで小学生だ。それでも止められずに、そのテの本があったりすると、手にとってしまう。 時代と共に、怪談のありかたというのも変化してくる。今は古くさい怪談などは現実味を持って受け入れられず、むしろ都市伝説のような形態の話のほうが、主流となっているように思う。オルレアンのうわさ、口裂け女、だるま女など。これらは話にかなりの無理があるので、よく考えれば嘘だとわかる。しかし、「流行る」都市伝説というのは、内容がそれなりに怖く、そして魅力的であるのも事実。風説というのは、よくも悪くも時代を反映しているものだ。 そのような話が受け入れられる現代では、四谷怪談のような古典の怪談は、それほど恐ろしい話として浸透していないように思う。内容が古すぎてリアリティが持てない、というのが一番の原因だろうが、リアリティがあろうがなかろうがこれらの話は、親が子供に語って聞かせていくべきだと思っている。なぜなら、これらの怪談には、御伽噺と同じく「教訓」があるからだ。 四谷怪談にしても、牡丹灯篭にしても、番長皿屋敷にしても、全てが「恨みを持った人が恨んでいる相手に化けて出る」のだ。以前心霊写真がブームだった頃に盛んに言われた「浮幽霊」だの「地縛霊」なんてものではなく、自分をここまで追い込んだ人への恨みの念が異形の姿をとって現れるのである。関係ない人のところには出てこない。お岩さんはあくまでも伊右衛門のところに出てくるのだ。そういう点で、昔の幽霊は実にフェアだ。赤の他人を巻き込むことなく、ターゲットだけに恐ろしい思いをさせている。勧善懲悪の物語としての完成度が高い。これなら子供に語り聞かせて、「他人の恨みをかうようなことをしてはいけませんよ」と締めくくれば、立派な教訓話になる。桃太郎や金太郎のお話などと同じように、小さなお子さんに寝物語に聞かせるといい。他人に対してひどい仕打ちをすれば、全て自分にかえってくるのだということを、怖がりながらも学んでくれること請け合いである。子供時代の私のように、怖がりながらも楽しんでしまうという、あまり効果の望めないケースもあるかもしれないが。 では現代の怪談「都市伝説」は全く教訓を含んでいないかというと、そういうわけでもない。今の時代は恨みをもたれなくても、全く知らない人に突然刺されてしまったりという、不条理なことがある時代だ。常に気をつけろという、全方向に注意を喚起するという目的であれば、それなりに教訓として生きるだろう。 また都市伝説の発生というのは、調べていくと大変面白い。オルレアンのうわさで1本論文を書いた学者もいる。どのような背景のもとで、その都市伝説が生まれたのかを考えてみると、現代人が何に対して恐怖を感じているのかがわかる。都市伝説は、その時代の恐怖心を映す鏡のようなものだ。誰もがばらばらの方向を向いていると思われがちな現代、大衆の恐怖の方向性を探るには、流行っている都市伝説を知るのが手っ取り早い。その恐怖を緩和するというベクトルで市場開発などを考えてみると、面白い発見があるかもしれない。 |
2006/8/9(水) 世界遺産の種類 |
原爆ドームのすぐ近くに高層マンションが建設中とのことで、なにやらもめているらしい。http://www.janjan.jp/area/0605/0605110225/1.php?action=table&msg_article=44226 リンク先はそのうち消えてしまうかもしれないが、要するに原爆ドームのすぐ近くに高層マンションが建つと景観が変化するので、世界遺産から「危機遺産」へ格下げになるかもしれないというのだ。危機遺産なんてものがあるんだ、へー。 まあ原爆ドームは周囲に何もない場所にぽつんと建っているわけではなく、市街地のど真ん中にある。市が許可してしまっており、しかも全戸完売らしいから、今から考え直すのは難しかろう。そもそも原爆ドームは周囲の景観コミでの世界遺産指定だったのか?原爆ドーム単体での指定だったのではないか?単に原爆ドーム周辺の景観を従来とはあまり変えたくないというのなら対策すればよいが、世界遺産のためにというのだったら、世界遺産の事務局のようなところに(ユネスコになるのだろうか?)問い合わせてみたほうがいい。 さて世界遺産といえば、少し前に話題になったのが「熊野古道」だ。熊野古道の石や木などにペンキで落書きがされているというニュースをご覧になった方も多かろう。あの落書きは世界遺産に指定された道の周囲の森林の地主達がやったもの。熊野古道が世界遺産に指定されてしまったために、自分の土地の森林の伐採すら出来なくなってしまったことに対する抵抗だ。 世界遺産の公式サイトを見ればわかるが、世界遺産には「文化遺産」と「自然遺産」がある。「自然遺産」は白神山地のように、人間が入らなかったために素晴らしい自然が残されているもの。手付かずの自然ということで、こちらはとてもわかりやすい。もう1つの「文化遺産」は、人間の文化に発祥するもの、つまり人間がかかわって初めて成立するもの。日本は文化遺産のほうが圧倒的に多い。白川郷の合掌集落、法隆寺、姫路城、他。そして熊野古道も、文化遺産。自然遺産ではない。 熊野古道の周囲の森は、とても美しい。その森を管理してきたのは、その土地の地主たちだ。彼らは自分たちの生活で使う薪などを、自分たちの土地の森林からとっていた。それが延々と続いてきて、結果として熊野古道の森林がある。彼らが森林の管理をして、維持することを前提として、熊野古道一帯の景観が成立する。世界遺産指定されたのは確かに「道」だけだが、あの道の周囲の森林がなければ、世界遺産にはならなかったということに、なぜ役人達は気づかないのか。 地主達が森林の管理が出来なくなれば、熊野古道は変化していく。そのうち、危機遺産とやらになるかもしれない。人間が長い時間をかけてかかわってきた、そのことをひっくるめての評価だということを、もう一度よく考えて欲しい。白川郷の合掌集落だって、古くなれば屋根を葺き替えたり、修理をしたりする。森林の手入れは、それと同じ。 熊野古道の森の地主達が、早く昔のように森に入れるようになって欲しいものだ。そういう人たちの日々の積み重ねがあってこその、文化だと、私は思っている。 |
2006/8/8(火) 亀田の話題、いつまで続くのか | |
![]() 暑すぎてぐったり |
体中毛の生えている生き物は、夏場は本当に大変だ。なにせ真冬も裸で大丈夫なように出来ているわけで、いくら夏毛が抜けるからといっても、人間よりははるかに密集した毛が生えているんだし。毛皮着ているようなものだものなあ。人間だって暑いんだもん、猫や犬は暑いなんてもんじゃなかろう。 もういい加減にして欲しいと思うくらい、まだ亀田のニュースで持ちきりだったりする。連日周囲の大人が出てきて色々と話題を提供してしまうので、騒ぎがおさまらない。亀田へのブーイングは、あの試合の判定が八百長くさかったというのはあくまでもきっかけに過ぎず、今まで世間の人たちが亀田親子を見て不快に感じていたものが、一気に噴出したというだけなのだろうな。「言葉遣いに気をつけろ」「態度が悪すぎ」などは、今回の試合結果とは関係ない批判だ。 亀田で数字がとれるというのは、結局のところ皆普段見られないものを見たいだけなのではないのか。ヤンキーやチンピラなどを見たいが、自分に影響のあるところで見るのはいやなのだ。同じ車両に乗っていたらいやだけど、遠い安全圏で見る分には、見てみたいという人もいるだろう。テレビのこちら側は、絶対の安全圏だ。のんびりとお茶でも飲みながら、態度の悪い絵に描いたようなヤンキーを見て楽しんでいた人たちが、沢山いるということだろう。これって大家族もの(石田一家除く)や汚屋敷ものを見る心理と同じような気がする。怖いもの見たさと似ているというか。まあ、自分は見ませんが。 今後どんな話題を提供してくれるのか、楽しみになってきた。 |
2006/8/5(土) 偽装請負に思う |
偽装請負に関するニュースが飛び交っている。キヤノンはかなりの人数を正社員として雇用することを決めたという。業務請負の会社に登録し、工場などに派遣されて働く若者達の様子は、かなり悲惨なものらしい。安い給料でただただひたすら働き、将来に夢も持てないような状態になっている人が多いようだ。 確かに自動車工場の期間工や工場などで働く派遣などは、一般的な「スキルアップ」が望めないために、よそに転職しても、アピール性がないらしい。確かにそうかもしれないなあ・・・と思いながら読んでいたのだが、よくよく考えてみると自分が子供の頃には、そんな人は周囲に山ほどいたぞ。でもみんな家庭を持ち、子供を育て、普通に生活していたぞ。特にその家の子供だけが貧乏していたわけでもなかったし、単純労働の労働者でも今のように悲惨な状況ではなかった。これはどういうことだろうか。 ブルーカラーにも色々あって、職人のように一定のスキルを持っているもの、スキルアップがなくてもOKなもの、完全肉体労働系などなど。職人系はスキルアップしなければ生き残れなかったので、一生懸命技術を磨いたものだ。しかし、スキルアップしなくてもいい仕事も沢山あったし、今のように使い捨てられることもなく、定年まで黙々と同じ作業の繰り返しで、それで別に問題なかったし、そこまで自分を卑下しなければならないほどの仕事ではなかったのだ。でも・・・・今は違うのだね、きっと。 つくづくつまらない世の中になったものだ。昔のほうが、ある意味豊かだったかもしれない。夕方、遊んでいて家に帰る頃には近所の工場も定時で終了して、ぞろぞろと家路をたどるお父さんたちを沢山見た。職住接近で通勤ラッシュもなく、自分の時間を持つことが出来たし、夜も普通の時間に寝ることが出来たし、家で毎日奥さんの夕食を食べることが出来たわけだ。生活は確かに今よりは貧しかったかもしれないが、精神的なストレスは圧倒的に少なかったろう。単純労働者に無茶なスキルアップが要求されることもなく、今ほどひどい競争社会でもなかったからなあ。高度成長期で、クビの心配もなかったし。ブルーカラーとホワイトカラーが、今ほど格差をもって語られるということも、勿論なかった。 つげ義春の漫画で昭和30年代と思われる風景を沢山見かける。麻袋の修繕の仕事をしている夫婦が出てくる漫画があるのだが、彼らは穴の空いた麻袋などを仕入れてきて、ほころびを繕い、ほこりを払って手間賃をもらっているのだ。そんな仕事で、夫婦2人が生活できたのだ。PCが出来ないと駄目、とか英語が出来ないと駄目、とかいう今の世の中と比べて、なんとのどかなことか。あらゆる人に平等に門戸が開かれていた時代とも言える。何の技術もない人でも、真面目にやっていれば、それなりに食っていけたわけだ。 若者をたこ部屋のような場所に閉じ込めて、安い賃金でこき使うのは、よろしくない。しかし、単純労働を軽く見るという風潮も、またよくないと思う。若者達は、単純労働に従事しているということを、恥じることなど全くない。私のように「日本ブランド」大好きな人間にとっては、日本製の確かな製品というのは、本当にありがたいものなのだ。だから日本人の労働者には、本当に頑張っていただきたいのだ。 世界一高いかもしれない日本人の人件費がかかるのだから、日本製のものが高くなるのは仕方がない。その分、高い性能を保持してほしいし、日本の製造業を低下させてはいけない。消費者は値段だけでものを買うというわけではないことを、企業はよく考えたほうがいいのでは。確かな製品を提供し続けることが、そのブランドの評価を高める。そのためには人材を育てなければいけないし、派遣や請負などで人件費を節約しようなんてケチな考えは捨てたほうがいい。長い目で見れば、その投資は結局自分に返ってくるのだから。 |
2006/8/4(金) わずか1週間の命か・・・ | |
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夜遅くまで残業して帰る時に、偶然羽化中の蝉を見つけた。最初は空蝉だけ見つけて「ああ、羽化したんだな」と思っていたら、羽化真っ最中だった。もう羽根はすっかり伸びていたが、まだ透明で、体も青い。ウスバカゲロウが大きくなったようだ。生まれたばかりの美しさに、思わずシャッターを切った。フラッシュをたいても、じっとしていた。 私の職場は都会の割には自然環境が豊かな場所で、もうすでに蝉時雨がすごい。残業帰りに注意していれば、羽化もしばしば見られたのかもしれないが、ここで見たのは初めてだ。 しかしこの蝉、羽化したばかりでこんなにみずみずしい美しさだが、わずか1週間で死んでしまうんだよね。はかないものだ。それでも地中に7年間ということを考えると、虫の中では長寿のほうなんだろう。蝉の羽化は子供の頃にも見たことがあるが、幼虫が動いているのを見たことはない。夜中に樹液を吸いに出てきているようだが、夜中じゃ見れないなあ。空蝉みたいなのがもぞもぞと動いているんだろーな。不思議な虫だ。 |
2006/8/3(木) ボクシングに関心はないけれど |
職場のPCでこのページを見てみたら、思ったよりも見づらかったので、壁紙の色を更に濃くしてみましたが、どうでしょうかね。もっと見づらくなったら、ごめん。 さて世間様は昨日の亀田の試合で盛り上がっているようで。もちろん、テレビ局が望んだのとは、違う方向で盛り上がっている。 私は試合を見ていないのだが、TBSへの電話抗議だけで6万件というのだから、こりゃーもうほぼ出来レースだったんだろうなと想像する。視聴率40%のツケは大きいな。今後どうするつもりか、TBSは。「こちらは中継しただけ」なんて開き直りが通じないことくらいは、わかっているだろうに。 自分はスポーツにはろくすっぽ関心がないので、亀田が勝とうが負けようがどうでもいい。 亀田ファミリーはばりばりのヤンキー通り越してただのチンピラなので、はっきり言って嫌いだが、それでもあの子供達だけは、少々気の毒にも思う。 周囲にろくな大人が居なかったのが、彼らの不幸の始まりだ。まともな教育を与えられず、人前での礼儀作法や、最低限の敬語すら教えられていない。そういや記者会見にケンタッキーと思われる骨付き肉を持って現れたこともあったが、その食べ方も口を開けてわざと音がするように食べていた。食事作法も教えられていないらしい。 格闘家に勉強は不要、と言われたであろうことも、容易に想像がつく。人前でわざと品なく、粗暴に振舞うのが格好いいと、間違った美意識も叩き込まれているようだ。格闘技というのは「礼」を重んじるものだが、その部分はすっぽり抜け落ちている。なので、他人に対する尊敬の念にも欠けている。 こんな見苦しい少年に仕立て上げた周囲の大人の罪は重い。大人たちがしっかりしていれば、彼らはまともな行動が出来る人間に育ったはずだ。亀田興毅だって、まだ19歳。子供だよ。特にこういう環境にあったから、普通の社会でもまれていないから、そこらの19歳よりも、もっと子供だ。弟はさらに若い。矯正するなら今のうちだと思うが、あの親父にそんな気はないだろう。 自分の子供にまともな躾すらせず、ただ興行の道具としてしか見ていない。まともな親なら、抗議が6万件もくるような八百長試合で納得するわけもなく、きちんとした勝負を望むはずだ。自分の子供にあんな無様な試合をさせて嬉しいか。所詮捨て駒なので、稼げるうちに稼いでおきたい気持ちはわかるが、目先の欲にくらんでもっと大切なものを失っていないか。 ボクシング以外のことを全く教えられてこなかったことを後悔する日が、将来彼らに訪れないと誰が言えようか。教えられて、あえてやらないのと、全く教えられなかったというのは違うからな。どう生きるかの選択は子供に任せるにしても、人間としてしっかりと基礎からつくりあげていくのは、大人の役割だ。それが出来ないのなら、子供なんて持たないことだ。 8月4日追記;今後の亀田一家の予想***** ・CR亀田ブラザーズとか亀田ファミリーとかが出来る。リーチがかかると、「よっしゃあ!」などと叫ぶ。もしかしたらスロットのほうかもしれない。 ・同じプロダクションの女タレントと噂がたつ。しかし結婚まではいかない。 ・子供が生まれたら、勝利の際リングにあげるだけではなく、その子供にチャンピオンベルトを巻いて持ち上げる。 ・子供は勿論「夜露死苦」系の、変な名前。 ・嫁は恐らく肌と髪が荒れている。 ・兄弟のうち誰かが必ず出来ちゃった結婚。 ・兄弟のうち誰かが親父と仲互い。 ・・・・・まだまだあるけど、とりあえずやめとく。 |
2006/8/1(火) お仲間が増えた♪ | |
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ススキで作ったバッタが2匹になったぞー。 勿論私が作ったわけではない。最初の1匹目を作成した人に、頂いたのである。 1匹でちょっと寂しそうだったから、よかったね。 最初のが、少々色が変わってきているけど、机の上の可愛らしいアクセントになっています。 |