【2005年8月25日(木)〜9月3日(土)中国山陰紀行】

湯でたこ、初めての広島焼

初めて中国山陰地方へ旅行しました。
実は20年以上前、修学旅行で来ているのですが
自分の足で動き回ったわけではないので、ピンポイントでしか記憶がありません。
勿論、修学旅行ではお好み焼きは食べさせてくれないし、夜間は外出禁止。
生まれて初めて本当の広島焼を食べてみることにしました。

お好み焼き屋さんが密集した「お好み村」の入り口近くにあるお店にお邪魔しました。

 

広島焼というのは麺が多量に入っているという知識だけはあったのですが
実物を見るのも食べるのも初めて。
広島焼はお好み焼きに属するという認識でいたのですが、相当違うもののようです。
クレープのような薄い生地とたまごで、焼いた麺と野菜を挟み込むように焼きます。
かなり分厚い不安定な生地をひっくり返すお兄さんの手つきはあざやか。
手際よく何枚もの広島焼を仕上げていきます。見ているだけで楽しい。

 

これが出来上がり。クレープのような薄い生地は麺の下にありまして
上に被さっているのはたまごです。
見た目味が濃そうに感じますが、意外にもあっさり味。
胡椒が多めに聞いていて、スパイシー。美味しいし、1枚でおなか一杯になります。
手技が難しそうで、お好み焼きによく見られる自分で焼いて食べるというスタイルは
広島焼では無理そうです。でも、そのほうが安心感がありますね。
おいしかったです、ごちそうさまでした。

 

石見銀山の間歩を行く

島根県の石見銀山は16〜17世紀に最盛期を迎えた、日本でも有数の銀山でした。
海が近いという立地条件も幸いして、世界中に石見産の銀が輸出されたそうです。
鉱石を採掘するために掘られた坑道のことを間歩と言いますが
現在石見銀山の間歩の中で観光的に入坑できるのは龍源寺の間歩のみです。

 

電球でライトアップされていますが、昔は当然ながら電気なんてものはありません。
坑夫たちはサザエの殻に油を入れて光をともしたものだけを光源として
真っ暗な坑道で昼夜2交代制で働いたのだそうです。
坑道の中はびっくりするほど涼しく、外は真夏だというのに鳥肌がたちそうでした。

 

広いメインの坑道だけではなく、とても狭い横穴が沢山掘られています。
銀はあらかた採り尽してしまったそうですが、戦争中には銅の採掘も行ったそうです。
この写真だとよくわかりませんが、この横穴、本当に狭いのですよ。
もしかしたら、子供も作業に従事していたかもしれないと思わせる狭さです。

 

坑道の出口付近になると、昔の様子を描いた絵巻物の絵を使った解説が
ずらっと並んでいます。
私は大八車のようなものを使って鉱石を運び出していたのだと思っていたのですが
なんとなんでも人力で行っていたようですね。
鉱石を運ぶのも、かき出した水を運ぶのも全て人力。昔の人はすごい。
今は江戸時代のシルバーラッシュの面影も薄れて
静かな山の中の観光地となっています。

 

島根琴ヶ浜の鳴き砂

今回の中国山陰旅行は、思いもかけず「砂」とのかかわりが多い旅でした。
まず最初は琴ヶ浜の鳴き砂です。
鳴き砂とは、踏みしめるとキュッキュッと音がする砂のこと。
ここだけでなくあちこちで見られますが、自分で踏んだことはありません。
ドライブ途中によってみることにしました。
海もきれいなのですが、砂も大変きれいです。
最初は全く反応のなかった砂ですが、海に少し近づいたあたりで音が!
足で力をこめて踏みしめると、本当にキュッと音がします。
なんともかわいらしい音で、なんというか小動物が鳴いているような感じ。
全国の鳴き砂がだんだん鳴かなくなってきているという寂しい話を聞きますが
琴ヶ浜の砂はずっと鳴き続けてくれるのでしょうか。

 

「砂の器」の木次線の駅舎を訪ねる

「砂の器」は昭和49年に公開された、松本清張原作の映画です。
先日デジタルリミックス版が公開されましたが、連日満員となったくらい安定した人気を誇る邦画の名作です。
最近はテレビドラマとしてリメイクされたようですが、この作品の本当の魅力は
野村芳太郎監督の作品を観なければわからないでしょう。
豪華な俳優陣もさることながら、後半のクライマックスで映し出される美しい日本の光景や
自分ではどうすることも出来ない運命の糸に絡めとられた親子の姿を、壮大な音楽にのせて描くことで
原作とは全く違う、激しく心を揺さぶる物語となっています。
湯でたこが「砂の器」を観たのは、まだ小学生の頃でした。
この映画を通じて、ハンセン氏病の社会性というものを、幼いながらに学んだように思います。

 

これは秋田県の「羽後亀田駅」の駅舎です。以前偶然前を通ったので撮影。
「砂の器」の映画は、この駅舎から始まります。
出雲の「亀嵩」が出雲弁では「カメダ」と聞こえるということ、
そして出雲弁の音便が東北弁に似ているということを利用して
犯人は羽後亀田でアリバイ作りをする。それを刑事が聞き込みに訪れます。

 

この物語のキーワード、「亀嵩」。ここが木次線の亀嵩駅です。
しかし映画では本当の亀嵩駅は、全く使われていません。
駅舎は同じ木次線の「八川駅」、ホームは「出雲八代駅」が使われています。
「八川駅」は都合により訪れることが出来ませんでした。残念。

 

こちらはホームを撮影に使用した「出雲八代駅」です。
ここも亀嵩と同じで、鄙びたなんとも言えないいい雰囲気をだしています。

 

静かな駅で、平日の日中だからか、人の気配が周囲にはありません。
このホームでハンセン氏病の親子の別れのシーンが撮影されました。
三木謙一(緒方拳)と松浦千代吉(加藤嘉)が汽車を待つところに
千代吉の子供が線路の向こうから走ってくる。
親子が抱き合って泣き続けているところへ、2人を引き裂くようにSLが入線してくるのです。

 

ハンセン氏病の親子が潜んでいたのが「湯野神社」。
あちこちで迫害されながら流浪の旅を続けてきた親子は
村人の目を逃れるように、この神社の奥に隠れます。
この神社は鳥居が2重になっていて、最初の鳥居には「湯野神社」、
2つめの鳥居には「亀嵩神社」と掲げられています。

 

神社の石段。
この石段を、村の子供達とともに、三木謙一が駆け上って行きます。

 

神社のお社の後ろに、古いお社と思われる木造の建物があります。
高床式になっていて、床下には人が入り込めるくらいの高さがあります。
なんとなく想像ですが、親子はここに入り込んでいたように思います。

 

神社の入り口には、松本清張の筆跡による砂の器の記念碑があります。
ひっそりと静かに佇む、まさに映画に出てきた出雲そのものの光景が広がっていました。

 

子供の頃にこの映画から受けた衝撃を忘れられず、
いつの日にか出雲へ行ってみたいと長年思い続けてきました。
映画の中の架空の人物ながら、あの親子の見た光景を自分の目で見てみたいと思ったのです。

病気・子供・貧乏と泣きの御三家(このうちの1つを動物としても可)が揃った映画だからか
泣かそうという演出があざとすぎるという意見もありますが、湯でたこはこの映画が好きです。
最近とみに思うのですが、様々な人生があり、その中には思いもつかないほどつらい人生もあるでしょう。
自分がたまたまとてつもない運命を背負ってしまったとしても、人生はリセットできません。
松浦千代吉とその子供の人生は、はたして幸福だったのでしょうか。
ハンセン氏病にかからなければ、この親子はどのような人生を歩んだのでしょうか。
出雲八代の駅のホームで線路を見つめながら、映画のクライマックスシーンを
何度も頭の中で反芻した湯でたこでありました。

 

湯でたこ、鳥取砂丘で疲労困憊

鳥取といえば梨、ラッキョウ、竹輪、そしてやはり砂丘でしょう。
日本3大がっかりの1つとも言われている鳥取砂丘。
想像したよりもずっと小さいという噂をきいたこともあります。
がっかりするかどうかは自分が決めればいいことなので、とりあえず行ってみることに。

 

砂丘というもの自体に訪れるのが初めてなので比較ができないのですが
大変砂がきれいなのにはびっくりです。
さらさらした感触が気持ちよくて、みんな裸足になって歩いていました。
しかしこれが歩きにくいことこのうえない。
足元は砂なわけですから、しっかりと踏みしめることができない。
上り坂では1歩進んで半歩下がるような状態で登らなければなりません。

 

ぽつぽつと小さく見えるのは人です。まるで蟻のように見えます。
小さい砂丘と聞いていましたが、私が想像するよりも大きいものでした。
大きな砂の山が出来ているので、そこを登ることにしますが
四つんばいで急斜面を登っている人もいて、少々不安になる湯でたこ。

 

みんな登っているんだもん、大丈夫さ!と、勢いつけて登り始めたのですが・・・・
こいつが思ったよりもつらい。
まず、先ほど言ったように、歩きにくいのです。ずるずる滑ってしまって、前に進めない。
出来るだけ斜面の緩やかな場所を選んで登ることにしました。
さて順調、と思いきや、白い砂で太陽の照り返しが想像以上に暑く
ただでさえ暑さに弱い湯でたこの全身からは大量の汗が噴出。暑い。
どうも温泉めぐりをはじめてから、ヒートアップしやすい体質になってしまったらしい。

 

ようやく頂上まで登れました。時間にして、約10分くらいかかったでしょうか。
たった10分ではあはあ言ってしまうのだから、年はとりたくないもんです。

向こうに見える海は日本海です。
みんな頂上で寝転がったり、お弁当を食べたりしていました。
山の急斜面の途中に浅い穴を掘って、そこに埋まるようにして昼寝する強者も。
一汗かいた体に、海風が心地よかったです。

 

実際に砂丘に行ってみると、所々に緑化が見られます。
通常緑化は喜ぶべきことでありますが、鳥取砂丘の場合は少々違うようで
砂丘関係のサイトなどを見てみると、除草ボランティアを募集していたりしています。
やはり砂あっての砂丘ですからね、緑が増えては困るのでしょう。

湯でたこの鳥取砂丘の感想としては、3大がっかりというほどの感情はなく
むしろ明け方の砂丘や夕日に照らされる砂丘を見てみたいとさえ思いました。
次に来る時は少し早起きして、砂の芸術といわれる風紋や風簾を見てみたいものだと思います。

 

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