あの高熱隧道へ!〜黒部ルート見学会に参加して〜その3

 

バッテリートロッコ列車で、高熱隧道へ

 

さて、黒部川第四発電所の次は、黒部上部軌道です。
ここはバッテリートロッコ列車で進みます。
とても小さな列車で、みんな縮こまるようにして座りました。
各トロッコに関電の係員の方が1名ずつ乗車して、
乗っている間も、色々な説明があります。

 

途中1箇所で停車しました。ここが唯一、外が見える場所なのです。
トロッコの両側にはやはり雄大な景色が広がっています。
ここから少し歩いた場所に阿曽原温泉があるのですが、
ここでの乗り降りはできないので、1日歩いて行くしかない場所となっています。
昭和30年代には、阿曽原の近くまで電車で行けたという証言もあり、
昔のほうが行きやすかったのかもしれません。

 

そんな秘境であるこの場所にも、ダムが造られています。
緑色に映える湖面がとてもきれい。
線路の反対側を覗きこむと、このような深い谷が見えます。
両側の岩肌が、何となく白くヌメヌメした感じに見えますが、
これらの白い岩は花崗岩だそうです。
黒部の水が緑色に見えるのは、この花崗岩の成分が
水に溶けているからとのこと。
確かにどの川も湖も、みなヒスイのように美しい色でした。

 

そんな峡谷の崖っぷちにある白い建物。
その周辺に、人がたくさん集まっていました。
実はここには温泉が湧いているのだそうです。
あ〜行ってみたいなあ、無理だけど。

 

美しい峡谷の見学が終わって、再びバッテリートロッコ電車に乗り込みます。
電車が走り出して少したつと、窓がいきなり曇り始めました。
なんとなく硫黄の匂いが漂い、空気が暖かくなりました。
そう、いよいよ高熱隧道に入ったのです。
昔はもっと高熱だったらしく、作家の吉村昭氏がこの場所に来た時は、
異様な熱気を感じたと書かれていました。
現在はかなり温度はさがって、坑内は大体40度前後だということです。

 

窓は開けられないので、ガラス越しに壁面を撮影。
ここは壁の上をコンクリなどで覆わず、掘った当時そのままの状態。
手彫りと発破の生々しさが壁面に残ります。
数十年前、この場所で何があったか。それを考えるとぞっとするものがあります。
彼らは黒部川の水を体にかけながら作業を行ったということですが、
冬の黒部川の水温は4度にまで下がるそうです。
そんな身を切るような冷たい水をかけないと耐えられないほどの暑さ。
そんな過酷な環境の中で、彼らは黙々と働き続けたのです。

 

高熱隧道を過ぎて少し行くと、欅平上部の駅に到着します。
上部軌道と言いますが、本当に上部に掘られているのですね。

 

これがトロッコを動かしてくれていた気動車です。
落ち着いたオレンジ色の、小さな車体がかわいらしい。
下には勿論線路が敷かれていますが、
この路線は空気中に硫黄が含まれているためか、
どんどん線路が悪くなってしまうそうです。
2年に1度という、かなりのハイペースで線路交換をしています。

 

欅平上部駅から少し歩くと、再び外の空気を吸うことができます。
この写真に写っている山は、現在私がいる場所の対岸になるのですが、
泡雪崩が起こった時には、ここからあの山まで宿舎が飛ばされたそうです。
写真ではよくわからないかもしれませんが、これ大変な距離ですよ。
宿舎ごと対岸に一瞬で運ばれてしまったとは、すさまじいエネルギーです。
泡雪崩は地形の関係から、日本では黒部でしか起こりません。
このことからも、黒部というのがいかに特殊な地帯であるかがわかります。

 

エレベーター

 

お次はエレベーターです。
ごく普通のエレベーターに見えますが、高低差は200m。
そして資材を運搬する貨車ごと乗せられる設計になっているのです。
しかし黒部ルートというのは、本当によく考えられ設計されています。
とにかく合理的で無駄がなく、それでいて安全で。
一つ一つ説明を受けていると特にそう思います。

 

そして黒部ダム出発の黒部ルートの最後の乗り物、
工事用トロッコ列車の乗り場に到着しました。
いよいよこの見学会も、終盤に近づいています。

 

工事用トロッコ列車

 

これが工事用のトロッコ列車です。
高熱隧道のトロッコよりも大きく、観光用のトロッコよりは小さい。
これは欅平駅まで行くので、駅で頑張って待っていれば見ることができますよ。
数輌が連結されており、みんな思い思いの場所に乗り込みます。

 

この列車の線路も、大半はトンネルの中です。
ヘルメットにも慣れてきたと思われる頃、見学会は終了。
トンネル内の乗り物や発電所があくまでメインでありましたが、
途中に黒部の雄大な自然を見せてくれるポイントもあり、
とても有意義な数時間でした。

 

トロッコ列車に乗って数分後、欅平の駅に到着しました。
黒部ダムに集合してから、わずか3時間半だったのですが、
もっともっと長い時間がたっているように思えました。
トンネルや地下というのは、私にとっては非日常的な空間です。
欅平駅に降り立った時、「ああ、地上に帰ってきたんだな」と感じたのですが、
あの場所が日常になっている人もたくさんいらっしゃるのですね。
私たちの快適な生活は、こういった縁の下の力持ちの働きによって守られていること、
またこれだけの施設を維持管理するという大変さを、しみじみと実感できた、
とても実りの多い見学会だったと思います。

 

私がこの見学会に興味を持ったきっかけは、吉村昭氏の「高熱隧道」を読んだことです。
黒部の工事をテーマにした作品は、小説や映画がいくつもありますが、
「高熱隧道」は今回通った上部軌道に焦点をあてて書かれています。

難工事の最中にどんどん命を落としていく人夫の集団と、指導にあたる技師たち。
肉体的にも精神的にも、極限状態に追い込まれていく彼らの行動を、淡々と描いたこの作品は、
究極の人間ドラマと言えるでしょう。
160度を超える岩盤を、黒部川の水をかけられながら掘りぬく人夫たちが、
徐々に自分たちと技師たちとの違い、自分たちばかりが犠牲になる不条理さに目覚めていくさまは、
静かな描写ながらも、背筋が凍るような思いで読んだものです。
私が今回通ってきた高熱隧道。数百人もの人が犠牲になった高熱隧道。
彼らが命をかけて闘ってきたものは、一体何だったのでしょうか。
自然だったのか、自分だったのか、それとも…人間だったのか。

トロッコの煙ったガラスの向こうには、彼らが掘ったままのごつごつした壁面が見えていました。
名もない彼らのノミの一打ちが、彼らの汗が、彼らの命が、この隧道を作り上げたのです。
昭和11年からの4年間、国力でもある電力のために命をかけた彼らの墓標は、
この「高熱隧道」そのものなのかもしれません。

参考文献:吉村昭「高熱隧道」

 

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